青青日記

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寒中に魚を求める
寒中に魚を求める真冬に川魚を食べたい・・・このネタ元は、二十四孝の王祥です。

二十四孝(にじゅうしこう)とは
中国において孝行が特に優れた人物二十四名を顕彰して、後世の模範とした説話集。日本にも伝来して御伽草子などで広まり、江戸時代には日常のしつけの教科書として使われたそうです。

元の時代の郭居敬『全相二十四孝詩選』によると

王祥
繼母人間有 王祥天下無
至今河水上 一片臥氷摸
晉朝時有一姓王名祥之人、早年喪母、繼母朱氏並不慈愛、常在其父面前數説王祥之是非、因而失去父親之疼愛。繼母朱氏時常欲食鯉魚、但因天寒河水冰涷、無法捕捉、王祥乃赤身臥於冰上禱告、忽然間冰裂、從裂縫處躍出兩尾鯉魚、王祥喜極、持歸供奉繼母。
【だいたいのストーリー】
王祥は幼くして母を亡くし、継母の朱氏にいじめられた。冬、河が凍っているのに継母は鯉が食べたいという。王祥は魚を捕らえるすべがなく母に親孝行できないのが悲しくて、氷の上で裸になって天に祈ると、氷が裂けて鯉が飛び出した。天も王祥の孝心に動かされたのである。


これが王祥の「臥冰求鯉(氷にふして鯉を求める)」ちう話です。
スロバキア民話の「12の月のおくりもの」は真冬にスミレが欲しいとゆー話でしたが、継子いじめのアイデアは万国共通なんでしょうか。

ところで王祥を調べたら

王祥(字・休徴)180〜268年
琅邪郡臨沂出身。動乱を避けて母と弟ととも盧江に移り住み、30年余り隠棲したのち、母が死んだので出仕する。魏の後期に、関内侯、光禄勲から司徒となり、毋丘倹を討伐した功績によって太常に任ぜられる。晋では太保となり、爵位は公まで進んだ。

ということで、まさしく管輅たちと同時代人でした。。。
ってゆーか、六朝貴族の超名門・琅邪王氏だー! そーか、大貴族の先祖は立派な人物だった・・ってゆー説話だったのか。
知らんかった。
中国史オタ |2006.10.04 Wednesday 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |









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