青青日記

曹叡の詩(3) 苦寒行
みたび曹叡。
参考書なしなので、いよいよテキトーです。ていうか途中うまく訳せてないし。ツッコミおまちします。
234年、曹叡が呉へ親征したときのプロパガンダ詩と思われます。曹操の「苦寒行」をリスペクトして作ったんでしょうね。
苦寒行 / 魏明帝
悠悠發洛都 荓我征東行 

征行彌二旬 屯吹龍陂城

顧觀故壘處 皇祖之所營

屋室若平昔 棟宇無邪傾

奈何我皇祖 潜隱聖形

雖没而不朽 書貴垂伐名

光光我皇祖 軒耀同其榮

遺化布四海 八表以肅清

雖有呉蜀寇 春秋足耀兵

徒悲我皇祖 不永享百齡

賦詩以寫懐 伏軾涙沾纓 
悠悠として洛都を發す 我をして征東行せしむ
はるばると洛陽を出発し 征東している
征行 二旬に彌(わた)る 吹龍陂城に屯す
征行は二十日にわたり 吹龍陂城に駐屯した
顧みて故壘の處を觀る 皇祖の營する所
かつての砦を見る 皇祖の宿営した所だ
屋室 平昔の若く 棟宇 邪傾無し
建物は昔のままで ゆがんだり傾いたりしていない
奈何せん我が皇祖 潜 聖形を隱す

没すと雖も朽ちず 書貴垂伐名

光光たる我が皇祖 軒耀 其の榮を同じくせん
意気軒昂として光り輝くわが皇祖と栄光を共にしよう
遺化 四海に布(の)べ 八表 以(すで)に肅清す
皇祖の感化は世界にゆきわたり 天下はすでに平らげられている
呉蜀の寇有ると雖も 春秋 耀兵足る
呉蜀の賊はあるけれど 輝かしい兵がいつでも備えている
徒だ我が皇祖の永に百齡を享けざるを悲しむのみ
ただ皇祖がとこしえに百歳まで命を享けられなかったことが悲しいだけだ
詩を賦して以て懐を寫し 軾に伏して涙 纓を沾す
詩を賦して胸の想いを記し 車上で俯いて涙を流す

『楽府詩集』巻三十三より。
曹操「苦寒行」とちがい、この詩の内容は「苦」でも「寒」でもありまへんな。
詩文 |2006.12.24 Sunday 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
曹叡の詩(2) 種瓜篇
ふたたび曹叡。こんどは新婚ラブラブ妻のうた。
毎度ながらテキトーです。ツッコミあればガシガシと。
樂府詩 種瓜篇 / 魏明帝
種瓜東井上 冉冉自踰垣

與君新爲婚 瓜葛相結連

寄托不肖躯 有如倚太山

莵絲無根株 蔓延自登縁

萍藻托清流 常恐身不全

被蒙丘山惠 賤妾執拳拳

天日照知之 想君亦倶然
瓜を東井の上(ほとり)に種(う)う 冉冉として自ら垣を踰(こ)ゆ
瓜を東の井戸端に植えたら ずんずんのびてひとりでに垣根を越えた
君と新たに婚を爲し 瓜葛 相結連す
あなたと結婚して 瓜とツタがからみ合うような仲になりました
不肖の躯を寄托し 太山に倚るが如くなる有り
ふつつか者ですが 太山によりかかるような気持ちです
莵絲(とし)に根株無きも 蔓延自ら登縁す
ねなしかずらは根も株もなく ツタが延びてひとりでに寄り添います
萍藻(ひょうそう)は清流に托し 常に身の全からざらんを恐る
浮き草は清流に身をまかせ いつも身の安全を心配しています
丘山の惠を被蒙し 賤妾 執って拳拳たり
私はあなたから山のような恵みをいただき それを大事に守っています
天日 之を照知せん 想ふに君も亦た倶に然らん
これはお天道様もご存知 あなたも私と同じでしょう

『玉台新詠』より。
以下の詩や曹植「種葛篇」「浮萍篇」を下敷きにしてるそーですが、その三詩ともつれない夫を想う内容なのに、この曹叡のはラヴラヴっすね。
古詩
冉冉孤生竹 結根泰山阿
與君為新婚 莵絲附女蘿
莵絲生有時 夫婦會有宜
千里遠結婚 悠悠隔山陂
思君令人老 軒車來何遲
傷彼瀝花 含英揚光輝
過時而不采 將隨秋草萎
君亮執高節 賤妾亦何為
冉冉たる孤生の竹 根を泰山の阿に結ぶ
君と新婚を爲すは 莵絲の女蘿に附くなり
莵絲 生ずるに時あり 夫婦 會すに宜あり
千里遠く婚を結び 悠悠山陂を隔つ
君を思えば人をして老いしむ 軒車來たること何ぞ遲き
傷む 彼の瀝の花 英を含みて光輝を揚ぐ
時を過ぎて采らずんば 將に秋草の萎むに随わんとするを
君 亮に高節を執らば 賤妾 亦た何をか為さん

参考文献
内田泉之助・訳『玉台新詠』上 新釈漢文大系 明治書院1974年
石川忠久・訳『玉台新詠』中国の古典 学習研究社 1986年
詩文 |2006.11.02 Thursday 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
曹叡の詩 昭昭素明月
某巨大掲示板の「【聡明】曹叡【意外と清純系】」スレッドに触発されて、曹叡の詩を調べてみるブーム来ました(オイオイ)。というか、曹叡の詩が残ってるなんて今まで知らんかったです(オイ)。
せっかく調べたので、メモ代わりにUP。こんなん誰も興味ないと思いますが、すごくヒマな人は、詩作してる皇帝を妄想して私と一緒に萌えてください。
全体にテキトーです。漢詩の韻とか平仄(?)とか、全然知りません。ツッコミお待ちします。

樂府詩 昭昭素明月 / 魏明帝
昭昭素明月 輝光燭我牀

憂人不能寐 耿耿夜何長

微風吹閨闥 羅幃自飄颺

攬衣曳長帶 屣履下高堂

東西安所之 徘徊以彷徨

春鳥向南飛 翩翩獨翺翔

悲聲命儔匹 哀鳴傷我腸

感物懷所思 泣涕忽霑裳

佇立吐高吟 舒憤訴穹蒼
昭昭たる素明の月、輝光 我が牀を燭(て)らす。
明るく白く輝く月 光がベッドを照らしている
憂人 寐ぬる能はず、耿耿として夜何ぞ長き。
悩んでいる私は眠れず もんもんとした夜はなんて長いんだろう
微風 閨闥を吹き、羅幃 自ら飄颺(ひょうよう)す。
そよ風が寝室に吹き 薄絹のカーテンが揺れる
衣を攬(と)りて長帶を曳き、屣履(しり)して高堂を下る。
衣を取って長い帯をひきずり くつをつっかけて奥座敷から出た
東西安くに之く所ぞ、徘徊して以て彷徨す。
どこへ行くあてもなく うろうろするばかり
春鳥 南に向つて飛ぶ、翩翩として獨り翺翔す。
春の鳥は南に向かって飛び 一羽でひらひらと高く羽ばたく
悲聲 儔匹(ちゅうひつ)に命じ、哀鳴して我が腸を傷ましむ。
悲しそうな声で仲間を呼び その鳴声は私の胸をかきむしる
物に感じて所思を懷へば、泣涕 忽ち裳を霑す。
かくして恋人を思えば 涙がスカートをぬらす
佇立して高吟を吐き、憤を舒べて穹蒼に訴ふ。
しばしたたずんで声をあげ つもる思いを天に訴える

『玉台新詠』より。『文選』では作者不明の楽府「傷歌行」とされている。夫の留守を嘆く妻のうた。
以下の詩のリメイクらしい。

古詩
明月何皎皎 照我羅牀幃
憂愁不能寐 攬衣起徘徊
客行雖云樂 不如早旋歸
出戸獨彷徨 愁思當告誰
引領還入房 涙下霑裳衣
明月 何ぞ皎皎たる、我が羅の牀幃を照らす。
憂愁して寐ぬる能はず、衣を攬りて起ちて徘徊す。
客行 樂しと云うと雖も、早く旋歸するに如かず。
戸を出でて獨り彷徨し、愁思 當に誰にか告ぐべき。
領を引きて還りて房に入れば、涙下りて裳衣を霑す。

参考文献
内田泉之助・訳『玉台新詠』上 新釈漢文大系 明治書院1974年
石川忠久・訳『玉台新詠』中国の古典 学習研究社 1986年
詩文 |2006.11.01 Wednesday 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
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