国博へ行ったのは久しぶりな気がします。たぶん、1年ぶり?
そして気づいたこと。博物館の中が、いつのまにか写真撮影OKになっとる・・・!!
むかしは全館禁止でしたよね?
(おととし、中国の博物館が写真OKなのに驚いたのですが、日本もそうなってたんですな。)
で、「ボストン美術館」展の感想。ちょっと黒い青木が出てます。
先日、ラジオでどこかの学者さんが「日本美術の本流は漫画。将来は、20世紀の日本美術史は漫画を中心に語られることになる。江戸時代は、浮世絵は下流のサブカルで、アートといえば狩野派・土佐派だったけれど、いま江戸美術といえば浮世絵、ってなってるのと同じ。」的なことを言ってました。
私はかつて、美大出身の人たちが「アートとは」とか言ってるのを痰でうがいしながら聞いておりました。
(※痰でうがい:「カーッ、ペッ」っていう気持ちの最上級を示す言葉)
ファインアートとか言うけど西洋のモノマネにしか見えないし、だいたい、みんなに受け入れられてないじゃん(現代美術よりジャンプの漫画のほうがみんな知ってる)、しかもアートとか言ってるあなたたち(その友人たち)の作品が私の目には何かのコピーに見えるし、、、というような理由で。
だから、漫画こそ日本美術の本流、ていう指摘には膝を叩きました。
この展覧会は、「吉備大臣入唐絵巻」と「平治物語絵巻」、あと曽我蕭白がフューチャーされていて、どれもセンスは漫画だよなあと強く思いました。
というか、「吉備大臣」を描いた人って、「伴大納言絵詞」とか「信貴山縁起絵巻」を描いたのと同じ人違うんかー!! すごい似てる。
もし同一人物だとしたら、その人って、本当に 天 才 !
(青木は絵巻物オタでして、突然テンションが高くてすみません。どのくらいオタかというと、高校生のときに伴大納言絵詞の応天門炎上シーンを模写したくらい。もちろん、なんちゃって模写ですけども。)
曽我蕭白もほんまに漫画。
この展示会の目玉、巨大な雲竜図(っていうからどんなに大きい絵なのかと思ったら、ただ襖絵に龍が大きく描かれてるだけだった。襖12枚に龍一匹っていうデザインが斬新なんだけど、ただ、龍の大きさという意味なら、きっと京都妙心寺の狩野探幽の天井画とか、ああいうののほうが大きいよな。天井画だしな。)は、ディティールがかなりデザイン化されていて、それがとても現代的な処理でした。バンドデシネを想起するPOPな表現というか。
あと、自分が曽我蕭白を記憶したきっかけになった漫画絵「風仙図屏風」が来てました。あれってボストン美術館の収蔵品だったんですな。(そして私はなんの展覧会であれを見たんだっけ? あのときは曽我蕭白ってすごいザコな扱いされてたなぁ。出世したね、よかったよかった。笑)
伊藤若冲とか曽我蕭白とかは近年とみに人気が高まってるらしいですが、どちらもCG的な画面だと思います。立体的というより装飾的で、デザインっぽいというか。
いまの時代のセンスに合ってるということなんでしょう。